【鉄道模型】【Nゲージ】懐かしの昭和★国鉄時代★★憧れのブルートレイン★★★寝台特急「彗星1号」「彗星2号」で眩耀夜行(げんようやこう)!?の回

全国5千万の村人の皆さん、こんにちは(^o^)

今年の夏は9月の終わりまで残暑が続きましたが、10月に入ると突如として秋らしい気候へと急変して、今はすっかり秋晴れの好時節となりました。それはつまり何と言うか、ああ、男心と秋の空(←意味不明)

「今年は猛暑だった」ということでトマトが高騰しましたが、そろそろ落ち着いてくれるんですかね?

さて、今回の記事は前回の続きみたいなもので、ここでもNゲージの話題です。

そう言えば、蓮ノ空1stライブツアー福岡公演の最速先行抽選の申し込みの結果はDAY1・DAY2ともにチケットを
用意してもらうことができたので、10月21日と22日は2021年12月に開催されたLiella!の1stライブ福岡公演以来の現地参加となりました(^^♪

ライブの会場は西日本総合展示場 新館で、ここはコロナ禍直前の2020年2月下旬に開催されたCYaRon!(シャロン)の1stライブ以来です。
CYaRon!の時はキャパ推定1万人規模のライブでしたが、今回の公演は推定5,000人くらいだったと思われます。

同じハコで以前よりも収容人数は約半分、さらに今回はセンターステージまで設営されて、そのようなところから会場対観客の顧客満足度は格段に向上したものと、個人的な所見では、そのように確信しております。
よくがんばりました!(^ω^)  お花丸です💮💮💮

3時間弱の公演時間でしたが、なかなか密度の濃い素晴らしいステージだったと思います。

殊にDAY1では、かなり良い席に当たって、出演者のキャストメンバーをかなり近くで拝むことができました。
皆さん、画像や映像で見た時よりもずっと可愛くて美人でした(⋈◍>◡<◍)。✧♥♥♥
これはつまり「花咲く乙女たちの~♪」というか、たまりませんなあ!(≧▽≦)

おかげさまで、とても楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございます!(^^)b

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それでは、このへんで本題に入りましょう。

今回の記事の主役となるのはこちら、 寝台特急「彗星」号です。わざわざ英語に訳せば「コメット」号ということになります。
         A.客車寝台特急の「彗星」号      B.電車寝台特急の「彗星」号

ここで念のために言っておくと、実車でこれらの車両が使用されていた列車については、客車の方は他にも「あかつき」や「明星」、電車の方では寝台特急の「金星」「なは」「明星」あるいは昼行のエル特急有明」「雷鳥」といった選択肢もあるわけですが、日豊線沿線の住人としては、ここはやはり「彗星」です(笑)

ところで「エル特急」というのも、今となっては懐かしい呼び名ですね(^ω^)

実車寝台特急「彗星」号の詳しい内容については、Wikipediaにある記述を参考にされるとよいでしょう。

ここで登場するNゲージ模型の客車と電車の双方の製品情報は以下のとおりです。

A.客車寝台特急の「彗星」号
TOMIXNゲージ 98638 24系25形0番代 特急寝台客車 カニ25 セット 7両 
TOMIXNゲージ 98803 国鉄 24系 25 100形 増結セット
※牽引機は【KATO】 Nゲージ 3013-1 ED76 0 後期形 2020年ロット を使用

B.電車寝台特急の「彗星」号
【KATO】Nゲージ 10-1354 581系 基本 7両セット
【KATO】Nゲージ 10-1238 583系 モハネ 増結 2両セット
【KATO】Nゲージ 10-1239 583系 増結 3両セット

また、これら双方の列車の編成図についてはTOMIXとKATOのそれぞれの公式サイトで確認することができます。

A.客車寝台特急の「彗星」号の編成図(「鉄道模型 トミックス 公式サイト」から引用)                  

この「24系25形0番代 特急寝台客車 カニ25 セット」は、24系25形0番代の客車が6両に電源車1両(カニ25)を
加えた合計7両のセット内容となっています。

そして、この製品で特筆すべきは、電源車に「カニ25形」を起用していることであって、模型の作り込みにおいてもなかなか素晴らしいものがあったりして、これはたまりませんなあ!(≧▽≦)

                         ※画像の引用元「鉄道模型 トミックス 公式サイト」より

実車の話で言うと、24系寝台客車は給電設備を持たない車両なので客車内への給電用に電源車が連結されることになるわけですが、一般的にはカニ24形やカヤ24形などの車両が連結されていました。

このあたりの詳細については、Wikipediaの記事に目を通されるとよいでしょう。

さて、Wikipediaの記述によれば「カニ25形」は20系寝台客車の電源車に使用されていたカニ22の改造車で、
1975年3月10日の山陽新幹線博多開業による白紙ダイヤ改正の頃に爆誕して、それから1984年までのわずか10年足らずの間だけ存在していた車両です。

大阪と九州間を結ぶ寝台特急「あかつき」「明星」「彗星」の各列車に連結されていたようです。

余談ですが、どこかのサイトの記事で見たうろ覚えな記憶によれば、この車両は「伝説の珍車」「幻の珍車」などとも呼ばれていたようです(笑)

24系25形の寝台客車に20系用の電源車を魔改造した車両を連結させるという、これは結局のところ、国鉄時代の
ほんの一時期にごく一部の列車の間で実施された極めて特殊な事例であったわけですが、そういった特殊な車両をまた鉄道模型で製品化してしまうという……。

TOMIXさんも、これまたずいぶんとニッチな需要に応えたものですね!(^o^)

なお、公式サイトの情報では「24系25形0番代 特急寝台客車 カニ25 セット」の発売月は2018年5月で、価格は18,480円(税込)となっています。

自分は1年ほど前にこのセット(新品)をamazonで19,200円(税込)で購入しました。

参考までにTOMIXさん公式サイトのリンク先を貼っておきましょう。

次に電車寝台特急の方について見てみましょう。

B.電車寝台特急の「彗星」号の編成図(「KATO鉄道模型ホームページ」から引用)

自分の所有する編成は上の図にある「■581系 /583系 編成例」の下段の方に該当します。

それで、、、それでですね、自分はKATOの581系の基本セットや583系の増結セットを今年の3月に購入したわけです。どれもamazonで購入しました。購入金額の内訳については次の通りです。

581系 基本 7両セット:23,990円
583系 モハネ 増結 2両セット:8,319円
583系 増結 3両セット:5,170円      
・12両分の合計:37,479円

これらを購入した後になってから、KATOより581系(スリットタイフォン)基本7両セットが発売されることを
知ることになりました。

                           ※画像の引用元「KATO鉄道模型ホームページ」より

ちなみに、この商品はメーカーの出荷日が4月20日となっていて、3月の終わりくらいだったか、「でじたみん」の楽天市場店では、581系(スリットタイフォン)基本7両セット&増結セットの抱き合わせ販売による完全無欠の12両セットが25,000円くらいで予約を受け付けていました。。。(^^;

自分が購入したのはオリジナルの開閉式タイフォンの仕様となりますが、しかしながらこのことを機に、鉄道模型の車両を購入する際は製造元の新製品情報をこまめにチェックしておいた方が良いと考えるようになったので、
ここにKATOさんの公式サイトのリンク先も貼っておきましょう。

実車581系 /583系電車は「日本の鉄道ファンのみんなが大好き!」と言っても過言ではなさそうな根強い人気を誇っていた車両だったと思います。              

昼は座席特急、夜は寝台特急という昼夜兼用の機能を備え、日本が高度経済成長期にあった1967年に華々しいデビューを飾った581系でしたが、その後、日本の鉄道を取り巻く社会環境も変化して、90年代になった頃には、もはや時代の要請に合わない車両となってしまいました。

最後まで残った6両編成の1編成が2017年4月に引退して、実物の車両については現在では、博物館の標本で見学することができるのみとなりました。。。

さて、次の画像は『時刻表 1978年 10月号 復刻版』(JTBムック)から引用したものですが、寝台特急「彗星」号の電車と客車のそれぞれの編成について記載されています。

ここに「客車[彗星5号][彗星2号]新大阪↔大分」というのがありますが、この列車の電源車にカニ25形が使用されていました。

今回の記事の最初の方にNゲージ模型の客車と電車が並んだところを撮影した画像がありました。

まず客車の方について言うと、カニ25形はテールランプを点灯しており、これは編成の最後尾の車両であることを意味しているわけで、上の編成表に従えば大分発・新大阪行きの「彗星2号」であることが特定できます。
そうなると、客車と並んでいるヘッドライトを点灯した581系電車の方は新大阪発・宮崎行きの「彗星1号」であると自動的に決まってしまいます。


この書籍は自分も購入したわけですが、最初に現物を見た時に「当時の時刻表ってこんなに薄かったっけ? もしかして、これはダイジェスト版なのかい!?」などと思ってしまいましたが、それは当時の旅館やホテル等の宿泊施設の情報や広告を掲載したページが全件ごっそりとカットされているからなのでした。

これは最近のことですが、YouTube鬼怒川温泉の廃墟ホテル群の様子を撮影した動画を視聴したことがあって、「1978年の頃にはこの界隈もずいぶんと繫盛していたんだろうなあ。」とか想像を膨らませると、何だか切なさで胸が熱くなってしまいます。

諸行無常の掟、盛者必衰の理、栄枯盛衰の輪廻に翻弄される衆生の営みよ……。

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電源車にカニ25形を連結した24系25形客車の寝台特急、大分発・新大阪行き「彗星2号」は、今では個人的に大変に思い入れのある列車、いわば「思い出のブルートレイン」となっています。

しかし、この少年時代の思い出がはっきりと鮮明に自覚されたのはつい数年前のことであって、それは子供から
大人になり、やがて青年からおっさんになっていくうちに、その紆余曲折の人生において様々な経験を積みながら時を経ていく中で、次第に心の奥底の方へと埋もれていってしまった記憶の欠片(かけら)なのでした。

それまで、すでに忘れ去られそうになっていたような記憶でしたが、それが突如として自覚されるに至ったのは、この楽曲に出会ったのがきっかけでした。

昭和89年11月の新譜となる昭和アイドル歌謡と演歌歌謡を折衷したような曲調が印象的な楽曲ですが、この曲の
タイトルは程なくしてカール・ブッセ作・上田敏山のあなたという詩に連絡することになりました。

山のあなた

山のあなたの空遠く
さいはひ」住むと人のいふ。
ああ、われひとゝめゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
さいはひ」住むと人のいふ。

ここで余談です。

この詩の中にある「われひとゝ」という語句について、個人的には「自分も他人も誰もが」という意味に解釈しましたが、中には「私は誰かと一緒に」と解釈される方もおられるようです。

ただし、これは法令の解釈や論文の読解とかではなく詩の鑑賞なので、鑑賞者の心情に寄り添うものであれば、
それが最も良いことだと思います。

こんなことを言うと、なるほど、この詩はメーテルリンクの『青い鳥』と重なる解釈もできそうです。

ここではまた、こんなことを考えたりもしました。

「快楽は官能であって実体があるが、幸福は観念であって実体がない。快楽と幸福との区別がつけば、虚構の世界が実在することによって人は幸福に近付くことができる。ゆえに人間は虚構の世界を必要とする。」

それはさておき、山のあなたに続いて、次はプルースト失われた時を求めてという小説に連絡することになりました。


ちなみに、この小説は集英社文庫ヘリテージシリーズ版では全13巻を以って完結に至るわけですが、その文庫本の第1巻(第一篇・第Ⅰ部)を読み終えたところですでに8年ほどの歳月が流れてしまいました。。。(^^;

しかしながら、第1巻だけを見ても、物語本編の後には本作品全編のあらすじや登場人物に関する資料などが収録され、巻末にはエッセイ 松浦寿輝プルーストから吉田健一へ」といった付録もあって、ずいぶんと読みごたえのある内容となっています。

またこの一冊の文庫本を読んでいて気付いたのは、ここには個人的な人生最大の関心事である「イデアと実存」の探求にとって有益な記述が豊富で、これは大変に有意義な読書体験となりました。ごっつあんです(^ω^)

例えば「意志的想起無意志的想起」「現在的(アクチュエル)なもの現実的(レエル)なもの」といった概念は個人的にとても参考になるものと思われました。

ついでながら、ここで前回の記事に登場したプルーストの美学」の引用元となった書籍についても紹介しておきましょう。

さて、以上に挙げた一連の作品との出会いは2014年の11月下旬から12月上旬くらいの間に起きた出来事でしたが、ちょうどその頃、ブルートレインの生き残りで最後の1本となった寝台特急北斗星」が2015年3月で定期運行を
終了する、といったニュースをネット上のどこかの記事で目にしました。

参考までに当時の「乗りものニュース」の記事でも貼っておきましょう。

今の時代となっては「ブルートレインって何よ?」と思われる方もおられるかもしれません。日本における「ブルートレイン」の概要や歴史の詳細などについては、これもWikipedia先生に教えてもらいましょう(^o^)

Wikipedia先生の記述によれば、今回の記事の主役となる電車寝台特急「彗星1号」と客車寝台特急「彗星2号」については、電車の方は「ブルートレイン」には該当せず、客車の方は該当する、ということになりそうです。

エル特急」はすでに死語になったものと思われますが、「ブルートレイン」もそろそろ懐かしい響きになりつつあるんですかね???

自分が少年だった数十年前は「ブルートレイン」といえば国鉄優等列車の中でも花形な存在で、特に東京~九州間の寝台特急「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」「あさかぜ」それと東京~山陰方面を結ぶ「出雲」などは国鉄の花形列車のエースとも呼べそうな地位に君臨していたわけですが、これらの寝台特急も2000年代には全て姿を消してしまいました。。。

なお、その後になって「さくら」「はやぶさ」「みずほ」は新幹線の超特急列車の愛称名へと転生した模様。

それはさておき、2014年の晩秋から初冬にかけての人恋しくなるような季節に「北斗星」や「ブルートレイン」に関連するニュースを見て、「ブルートレインの時代もここで終わってしまうのかあ。」と、少し寂しいようなしんみりとした気持ちにもなったわけですが、しかしその一方で、そういったニュースを見れば、反射的にブルートレインやその他の夜行列車に関係した個人的な体験についても想起してしまうのが自然な流れというもの(笑)

――寝台特急北斗星」は自分も乗車したことがあります。あれは2007年5月のゴールデンウィークが過ぎた後の頃で、札幌から上野まで上り方面の列車に乗車しました。

その時は運よくA個室寝台(ロイヤル)の寝台券を取ることができました。そして同列車に連結された食堂車「グランシャリオ」でディナーやパブタイム、朝食などを満喫して、さらに記念品にと「北斗星」のチョロQを購入してしまったのでした。

札幌から上野までの運行時間は16時間くらいだったと思いますが、しかしそれでは何だか物足りない、もっと乗っていたいような気もして、「北斗星」の乗車体験は、ぼっち旅ではありましたが、それなりに楽しい夜汽車の思い出となりました。

ただ、車内の設備については「この車両も20年くらい頑張ってきたんだからな。そろそろガタがきてんのかな?」とか思ったりもして。。。

ところで、個人的には2007年5月に「北斗星」に乗車して以来、今日に至るまで夜行列車に乗車するような機会は結局のところ一度もなかったりして、もしかしたら「北斗星」が人生最後の夜汽車の旅になってしまうのかもしれません???

人生物心ついた頃から鉄道好きな人種だったということで、ブルートレインおよび夜行列車の類にはそれなりに
乗車してきた方だと思いますが、楽しい、懐かしい思い出として2014年の当時あるいは今も印象に残っている列車というのは、正直言うと、数えるほどしかないように思います。。。

鉄道旅行での楽しい思い出は、実を言うと、昼行列車の方がいろいろと思い浮かぶような気がします。

余談ですが、これはもしかしたら人類共通の傾向なのかもしれませんが、過去の自分の人生について思い返すと、たいていの場合は後悔の念や罪責の念、あるいは恥ずかしい思いにかられたり、無性に腹立たしくなってきたり、そんなふうになってしまいがちなようにも思われます。。。(^^;

――そして一方では、夜行列車の個人的な乗車体験の記憶について言うと、中には全く楽しいものでなかったにもかかわらず妙に印象に残っているケースもあったりします。

あれは2004年の秋頃のことで、当時、自分はすでに社会人となって京都の方で一人暮らしをしていました。人生に倦み疲れて、精神的に病的な状態にありました。

しばらくの間、いったん京都を離れて実家で療養生活を送ることになって、その後また京都の方に戻る際に、
心に何か思うところがあって寝台特急「彗星」を選択したのでした。

その時の「彗星」は14系15形の車両を使用していて、門司と京都の区間は「あかつき」と併結運転となっていました。車両の老朽化もかなり進行していたものと思われます。

しかしその時に乗車した「彗星」については、自分の精神が不安定な状態だったこともあって、現実に幻滅を覚えてしまう出来事がまた一つ増えたように思われて、結果的に不安や空虚感や苛立ちなどで心がヒリヒリするような感情に苛(さいな)まれることとなったのでした。

寝台特急「彗星」は2005年10月1日をもって廃止されることになりました。

――2014年の晩秋から初冬の頃、当時の自分はこういうことについて回想していたわけですが、しかしそれらの
回想はどれも今の自分とは直接的な関係を持たない、その時の自分からはすでに遠く離れ過ぎ去っていった記憶の断片のように思われました。
そしてひと言、彼はこう呟きました。

「あの時、心に何か思うところがあって、オレはあのブルートレインに乗車したんだった……。」

そこで思いだされたのが「彗星2号」だったのでした。

自宅からチャリで数分で行けるとある駅、たしか20時50分頃――寝台特急「彗星2号」が上り方面行きのプラットホームを静寂を突き破るかのように疾走しながら通過していく光景、しっとりとした深い青色のカニ25形の車体がディーゼル発電機のエンジン音を唸らせながら目の前を通り過ぎていく姿――そんな情景が忽然と彼の脳裏に展開されたのです。

彼が小学5年生だった頃、この「彗星2号」にはずいぶんと魅了されていたようです。

実際にこの列車に乗車できるような機会はありませんでしたが、にもかかわらず、この少年にとって「彗星2号」の情景は、自分がこれから入っていくであろう未知の世界に対する強い憧れ、体の底から湧き上がるような強い喜びのようなワクワク感、そうした気持ちをもって眺められた小宇宙だったのでした。

「かつてはオレの人生の中にも、そうした感情が生きていたんだ!」

2014年の自分はここに来て、この「彗星2号」に対して己の人生における何か象徴めいたものを感じるようになったのでした。

以上、リリーホワイトからブルートレインへと至るこの一連の出来事について、何らかの統合が起こって「これは有機的な連携に昇華させることが可能だ」と、そのような確信を得ると、このことが自分の人生にとって何か大変に意味や価値のある内容を成しているようにも思えたのでした。

それは、しみじみと心に沁みるような深い喜びをもたらしてくれるような体験でもありました。

「暇」と「退屈」の質的な相違はずっと前から認識していましたが、このあたりに来て今度は「記憶」と「思い出」のそれについて実感するようになったんじゃないかと、そんなふうにも思います。

これらのことはまた「単なる生き方」から「本来的な生き方」へと超越するためのヒント、鍵、秘鑰(ひやく)とかになってくれそうな気もします。

2015年の夏あたりから自分も「ブログの記事を作成しては投稿する」ような活動を始めるようになって、
前回の記事にも貼り付けましたが、2016年の暮れにはこんな記事を投稿していました。

この過去記事には次のような作文が掲載されています。

僕は物心ついた頃には、すでに電車や鉄道の施設を見ると異様な関心を示してはキャッキャッと喜ぶような子供でした。この症状の原因については未だ解明されていません。

小学5年生になった頃、僕の所属するクラスに一人の男子が転校してきました。

埼玉からやって来たという彼が、遠く福岡の辺境の地に転校してきて最初に話しかけた相手はM君で、M君と僕とは小学1年生からの友人で、それで転校生の彼とも仲良くなりました。

ここで、M君や転校生の彼を含めて僕たちは5人の仲良しグループをクラスの中で形成することになったわけですが、われわれが一緒になって遊んでいるうちに転校生君は「キハ58」「オハフ33」「クロ481」などといった大変に奥ゆかしい単語を発するようになり、彼の鉄道談話は時には小学生にしてはずいぶんと豊富な知識量だったりするので、そうして、彼がガチの鉄道マニアであることが発覚したのでした。

他の友人たちから彼がどのように見えたか、或いは彼が友人たちをどのように見ていたのかは僕には分かりませんが、少なくとも僕から見た彼は、関心を同じくする同志であり、その道の先達でもあって、それ以来、時刻表の読み方や鉄道旅行術などの実践的な知識を彼から授かることになりました。……

それで、当時10歳だった自分は小遣いで『交通公社の時刻表 1980年6月号』を走る心をもって購入することになったわけですが、たしか500円だったと思いますが、当然のことながら(?)、それはたちまち彼の「座右の書」となって、読みふけっていたら半日は軽く過ぎてしまうほどに非常にエキサイティングな書物であったことが今でも大変に懐かしく思い返されます。

『時刻表 1978年10月号 復刻版』によれば、日豊本線沿線にある彼の「自宅からチャリで数分で行けるとある駅」を停車あるいは通過する優等列車はこんな感じでした。

 【列車名】     【運転区間】        【使用車両】
寝台特急「富士」   東京~西鹿児島      24系25形寝台客車

寝台特急「彗星」 新大阪~大分・宮崎・都城 24系25形寝台客車・581系寝台電車

エル特急「にちりん」 博多・小倉~大分・宮崎・西鹿児島  485系電車
                     (1往復のみキハ82系気動車も有り)

急行「くにさき」   大阪~大分  14系座席客車(これは本来は特急用の客車)
(門司~大阪間は急行「阿蘇」と併結運転)

急行「ゆのか」    博多・小倉~大分       475系電車

急行「日南」     小倉~宮崎          475系電車

急行「日南9・10号」  門司港西鹿児島 12系座席客車と20系寝台客車の混合編成
(宮崎~西鹿児島間は普通列車として運転)

ついでに言うと、優等列車ではない普通列車(いわゆる鈍行列車)については、赤い車体の50系客車、それに茶色や青色の旧型客車などが興味の対象となっていました。

前者は通称「レッドトレイン」と呼ばれ、後者は仲間内で「フルートレイン」とか呼んでいました。

ちなみに、1978年10月2日のダイヤ改正から1980年10月1日のそれまでは、国鉄のダイヤは大体同じような状態だったはず。。。

『交通公社の時刻表 1980年6月号』を愛読書としていた当時の僕ちゃんは、6月から9月末まで、20時から21時までの間に「自宅からチャリで数分で行けるとある駅」に入り浸るようになったのでした。その主な目的は夜行急行「くにさき」と寝台特急「彗星2号」を観賞することにありました。

特に「彗星2号」については、来る日も来る日も殊更に強い憧れをもってホームを通過する姿をしっかりと見届けていたため、あれから長い年月を経た今になっても色褪せることのない強い印象となって、心の目に焼き付くことになったのでしょう。

あの頃の思い出については、自分なりに何だか作品化したいような情念にも駆られ、それで小説らしき作文を創作したりもする始末(笑)

なお、この練習用の作品はしばらく間中断になっていますが、この試みは今後も続くものと思われます。
これは人生最大の関心事である「イデアと実存」の探求なのです(^o^)

カニ25形」を連結した新大阪~大分間の「彗星2号」が存在したのは1978年10月から1980年9月末までの間
でしたが、それと半分くらい時を同じくしてNHK総合テレビでは「キャプテン・フューチャー」というアニメ番組が放映されていました。
Wikipediaによれば「1978年11月7日から1979年12月18日まで52回にわたり放映された」となっています。

このアニメ作品についてはリアルタイムでは特に関心を示すことはありませんでしたが、ここ数年になって、
OP主題歌「夢の舟乗り」とED主題歌「ポプラ通りの家」が、これが思わず琴線に触れて涙をさしぐむような個人的に大変に素晴らしい楽曲であることが再発見されたのでした。

ここではOP主題歌「夢の舟乗り」について採り上げることにしましょう。

「夢の舟乗り」

作詞:山川啓介 作曲・編曲:大野雄二  歌:ヒデ夕樹タケカワユキヒデ

子供の頃は 空を飛べたよ
草に寝ころび 心の翼ひろげ
どこへだって 行けたぼくだった
君を愛した時 忘れてた翼が
もう一度 夢の空
飛ぶことを教えた
どっちを向いても 宇宙
どっちを向いても 未来
どっちを向いても 宇宙
どっちを向いても 未来

男は誰も 夢の舟乗り
少年の日のあこがれ 死ぬ時まで
忘れずに 抱いてるものだよ
君の愛があれば つめたい闇の中
おそれずに くぐりぬけ
明日へ行けるだろう
どっちを向いても 宇宙
どっちを向いても 未来
どっちを向いても 宇宙
どっちを向いても 未来

「君を愛した時」「君の愛があれば」・・・のぞみちゃん、君が僕のキャプテン・フューチャー❤❤❤

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今回の記事で自分が語りたかったことは、ここまで来て概ね語り尽くされたようにも思われます。
これからは画像多め文章少なめでユルく行きましょう(^ω^)

本記事で言うNゲージの「彗星1号」と「彗星2号」ですが、その走行シーンは動画にも記録されています。
それに今年の夏いろの景色も添えて。

1番目の動画のサムネ画像の前面に写っている車両ですが、これはよく写すとこんな感じになります。

さらにパッケージはこんな感じ。あらかわいい(⋈◍>◡<◍)。✧♥♥♥

パッケージの右下には「別売パーツ」の表記があります。車両本体はディスプレイモデルとなっていますが、
これらのパーツを組み込むことでNゲージの動力車として走らせることができます。

🎊「別売パーツ」購入。京阪電車「ユーフォ号」は2023年10月28日未明に晴れて動力車に改造されました🎊

そう言えば、アニメ「響け!ユーフォニアム」は今年の夏に劇場版が公開されていました。
そして来年の4月からテレビアニメ3期が放映予定となっているらしく、おめでとうございます!🎊🎊🎊

余談ですが、このアニメで個人的にお気に入りのキャラは3年生で部長だった小笠原さん❤❤❤
ストーリー上ではすでに卒業・引退してしまいましたが。。。

それはさておき、次の画像は、この記事で言うNゲージの「彗星1号」と「彗星2号」すれ違いのシーン。

『時刻表 1978年 10月号 復刻版』によれば、実車の方では「彗星1号」が岩国駅0:09着 0:10発となって
「彗星2号」が同駅に0:10着 0:11発となっています。

この両列車は山口県岩国駅あたりですれ違っていることが分かります。

この時代は今から思うととんでもなく不便な時代でしたが、その非効率さが色々と味わい深い情緒の源泉に化けたりもして、山陽本線にもこんなに夜行列車が走っていたんですね!

当時は荷物列車とかも走っていましたが、宅配便サービスの普及によって、これもやがては累積赤字にあえぐ国鉄のお荷物となってしまいました。たしか80年代のどこかで廃止されたと思います。(←要検証)

さて、今回の記事もこのへんで最後にしましょう(^ω^)

Nゲージモデルの581系「彗星1号」【KATO】と24系25形+カニ25形「彗星2号」【TOMIX】について、斜め前と正面からそれぞれ撮影してみました。(※【】はメーカー名)

精悍なボディにもエレガントなフォルム。そこはかとなく漂うロマンの気配。たまりませんなあ!(≧▽≦)


重厚な車体にも流麗なフォルム、クリーム色の三本線を纏(まと)った古風にして高貴な深い青色、そして正面外観の愛くるしいマスク……。

懐かしさと親しみの念からうっとりと眺めているうちに思ったのですが、この容貌、心なしか何だか誰かに似てなくもない???

それで、この子には初めて見た時から何だか懐かしいような親しみを感じたりしたんだが、なぜだ?なぜだ?
🐰ライブ、現地でお会いできて大変に光栄だったです! 至高のひと時をありがとうございます!🐰

「2023年この夏の一曲」は、スリーズブーケの「眩耀夜行」に決まりですね!(^^♪