「自己の探求」と「変人」と「サブカルチャー」について語る回

皆さん、こんにちは(^o^)

受験シーズン本番ですね。受験生の皆さんは、体調を崩さないようにして、日頃の努力が報われて、無事志望校に合格できるといいですね!

ここで声豚な趣味の話になりますが、声優さんの中にも、たしか上智や早稲田を卒業された方とかいましたね。スゴいですねwww

それからまた、今回の記事も例に漏れず、話題はあっちの方に行ってしまうわけなのですが、個人的には、いつからか、矢澤にこちゃんが準拠他者・ロールモデルとして人生の範となったようなところがあって、いやあ、いいですね。にこちゃんとそらまる師匠は∩(^ω^)∩

          
         ❤にこちゃん❤           そらまる師匠

そのようなことを言いつつも、僕は生まれつき女癖が悪くて、その件ではかつてヒドい目に遭ったりして、それに懲りたのと、また遊ぶ金もないので、今では萌豚・声豚としておとなしく健全な日々を過ごしているわけですが、この世界は、浮気がやりたい放題でいいですね♪ 
もっとも、画面越しに胡座をかいてブヒるだけの話ですが(笑)

僕に彼女が出来ないのは、自分の口から、こんなことを言うのも何ですが、僕の浮気症もといユニバーサリズム(博愛主義)によるものなのでしょう(言い訳)

自称「浮気者」の僕は、2年生組のメンバーも好きで……それで、今は、声優さんの学歴の話とかしてましたね。

新田さんは、たしか音大で声楽を専攻していて、はじめは歌手志望だったのが声優になった、という経歴でしたよね。小柄な体で良い声を出すためには、横幅で稼いで強くなるのはセオリーなんですかね。プロは辛いですね。などと言いつつも、μ’sのメンバーの中で一番いい声を持っているのは、おそらく新田さんでしょう♫

三森さんは駒沢大学中退で、業界に入って舞台女優をやってから声優に転身した人でしたね。とりあえず大学に入った、みたいな気がしなくもないですね。この人は、私的な感性に基づく評価では、「やさしいお姉さん」調の歌い方ができる人で、甘えん坊のボクちゃんなんかは、こういう歌声は癒される感じがして好きなので、みもちゃんはいいですね(^^♪

内田さんは、声優養成の専門学校を卒業して、下積み時代もそれなりに長かったようですが、今は声優として大成して、ストレートに目標に突き進んで、こういうブレない人生のあり方は「シンプル・イズ・ベスト」な感じがして好感が持てます。声の仕事に従事するために生まれてきたような人ですね! こういう人は、世俗の余計なことに振り回されて才能をダメにしてしまわないでほしいです。・・・そういうわけで、男のことで苦労しそうになったら、とりあえずオレに一声かけておくれよ(←身の程知らず)

  
    ❤えみつん❤         ❤みもりん❤        ❤うっちー

皆さん、今年で仲良く30代。よかったですね(^ω^)

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「人のこと語ってばかりで、じゃあテメーは一体何様なんだよ!?」
「うーん、そうですねえ。。。」

などと勝手に自問自答して、今度は自分の受験の話や学生の頃を勝手に喋り出すわけですが、「なんだ、自分語りかよ。うぜえ」と思った人は、ここはスキップするとよいでしょう。


・・・僕は、高校の入学時に学校から買わされた英語の文法の参考書を、3年になってから初めてまともに開いたような奴で、第5文型とかいうのも高3になって初めて覚えましたwww

高校受験は、入試で3割も取れれば何とか入れて、でも学年1番で入った子はほぼ満点だったらしく、それで平均すると中堅になるという、偏差値を小馬鹿にしたような公立の高校に行きました。恋の悩みに振り回されてばかりで、勉強はあまり出来る方ではありませんでした。

大学受験は、受験料もバカにならないので関西の私学を3学部だけ受けて、自分の興味以外の勉強はできる限り避けたいので、2月の上旬で受験はとっとと終わらせて、入試が終わっても patientを「パティエント、パティエント」とか言っていた、お目出たい人でした。。。

大学は、京都の某私学の文学部に行って、これがもし法学部などに入っていたら、たぶん4年では卒業できなかったのではないかと思われます。

当時は、帰省した時に、近所の人と挨拶した時など、会話の中で「京都の大学に行きました」と言うと、「へぇー、すごいねえ」とか言われましたが、京大ではありません。

学校に行って、学食だけ食べて帰ることもありました(授業出ろよwww)。
もっと真面目に勉強しておけばよかったと思います。こんなバカ息子のために学費を出してくれた両親に申し訳ないです。。。

大学生の頃には、いわゆる世間で言うところの「彼女」というのも出来ました。

ここでまた趣味の話に入ると、「baby maybe 恋のボタン」という曲は、甘切ないメロディーにテクノポップ調のアグレッシブなテンポが合わさって、これが何だか初恋が成就する瞬間の、ボタンを押したらスイッチが入って、それまで押さえていた気持ちが「わっ」と湧き上がるような、あの多幸感を彷彿とさせるものがあって、いいですね(^^♪



でも、彼女とは付き合って半年ほどで別れてしまいました。。。

彼女との詳細については、そうですねえ・・・梅雨が明けたばかりの季節がいよいよ夏本番に入る頃、観光客もまばらな哲学の小径(こみち)を落ち着いた昼下がりに二人で歩いていたら、突然、白い馬に乗った女性の騎手が現れて、二人で吃驚(びっくり)したとか・・・細々と語り出すと作品が一本できてしまいそうなので、ここでは語りません。あしからず(^^;

過去のことが自ずと美化されて脚色されて、記憶が当時のイメージを忠実に反映していないような現象は誰にでも心当たりがあるでしょう。これを否定する人は、たぶん嘘つきでしょう。

みもちゃんのこのへんの画像は、その当時の「彼女」の面影を留めているようなところがあって、美化されて脚色された記憶のせいだとはいえ、見ていて切なくなります。。。
             

あゝ、懐かしい、懐かしい。。。(*´ω`*)

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卑近なことを語り出せば、学生の頃を思えば、今がこんな底辺の人生になろうとは、誰が予期し得たでありましょう。。。

「ところで、オレがなりたかったのは、マイホーム・パパ。だけど人生はそれとは違うプランを用意していたんだ」・・・あわわwww

とりあえず、これは本能の要請なのか、ある友人が言うには、「お前は社会適応能力に欠けている分、学習能力と環境適応能力には優れている」なのだそうです(笑)

それで、今の冷や飯食いな生活も、まあ何とか甘受していられるわけですが、しかし正直言えば、こんな生活はとっとと抜け出したいわけで、そんな気持ちが高まれば高まるほど、向上心もそれに従って昂じていって、その結果が、「変人」の地歩を着々と固めて歩む人生にwww

・・・順風満帆の人生とは程遠い、逆走ライフなってますねwww

とはいえ、つましいながらも、これでもどうにか生活が成立しているので、周りの人たちには感謝です(*´ω`*)

しかし、よくよく考えてみれば、このような今の状況は、距離を置いて俯瞰して見るならば、もしかしたら前回の記事でも触れた「自分が自分自身になる」を現在遂行中なのだと、言えなくもない(?!)

さて、話題がいつの間にか「変人論」の様相を呈してきましたwww

タイトルにある「自己の探求」とは、持論によれば(この前提自体が怪しいものですが)、これはつまり「変人に対する理解」に置き換えられるものであろうと思います。

このような考えは、『デミアン』の影響が大きいみたいです(笑)

というわけで、ここからが本題です(^o^)

これも持論ですが、人間は「凡人」と「変人」の2種類に区別されます。ただし「変人」とはいっても特別な存在などではなく、「凡人」と同じ凡夫であることには変わりありません。

「変人」とは、要は「凡人」の閾値(しきいち)に入りきらなかった人たちで、上限NGの領域に属する変人は聖者にも成り得ますが、結局は凡人の枠に入りきれなかった人たちなので、賢者ではないでしょう。

一方、下限NGの領域に属する変人たちは、クズとかゲスとかゴミとかウンコとか呼ばれたり、ダニやゴキブリに例えられたり、常識的な一般ピープルの人たちからは、そりゃあもう、酷い言われようです。

しかし、下限NGに属する変人が聖者になったりすることは有り得る話らしく、例えば、古代キリスト教神学者である聖アウグスティヌスが元は放蕩者で、浄土真宗の僧侶で『歎異抄』を著した唯円は元は極道者だったと、信頼のおける文献によれば、そういうことらしいです。

               
       ♦アウグスティヌス♦            ♦唯円

高校の世界史の教科書の副本に「年表」というのがあって、その本に「インドの聖者の集い」という写真が掲載されていましたが、どう見ても、汚いおっさんたちが全裸待機で写っているだけでした。これを嫌悪と嘲笑の対象とするか、それとも人間の可能性と見るか、そのへんのセンスの違いで「聖者」の素質が分かれてくるでしょうwww

ここで述べている「変人」カタカナ語で言い表すとオルタナティブが適切でしょう。

Alternativeは多義語で、「二者択一」「代替案」「(本流に対する)支流」などの意味があります。「Alternative3」といえば「第3の選択」です。

日本人のカタカナ語好きは、実は英単語の持つ多義性が「あいまいな日本の私」な感性と相性が良いからではないか? そのようなことを考えたりもしました。・・・余談ですw

それはさておき、「(本流に対する)支流」は「(凡人に対する)変人」に対応できそうです。
・・・なので、「変人」は「オルタナティブ」です。

それで、ここでは一体何が言いたいのかというと、

たとえ「凡人」のレールから脱線したとしても、「変人」すなわち「オルタナティブ」の生き方というのもある。・・・つまり、そういうことです。

オルタナティブ」は決して楽で平坦な道ではありませんが、この道の導き手は、人生の偉大な教師たちが後世に残していった書物などもいろいろと出回っています。

「変人」の身分でも生きていけないことは、事実上の死を意味していますから、人生の偉大な教師たちも「変人」の生き方に焦点を当てていたのではないかと、そのように思われます。

以前に記事のネタにした『デミアン』や、その他にも『老子』など、探せばもっと出てくると思いますが、そういった書物が「人生に対する心構え」を援護してくれるでしょう。

年末に次のような記事を書きましたが、ここで1300万人のうちの1割に入ってしまった人は、「10人の中で1人の外れ者」と考えてしまうと、心細い思いになってしまいそうですが、「130万人の仲間がいる」と考えれば、少しは気が楽になるのではないでしょうか?

近年におけるオタクの社会的地位向上について、人口統計学的根拠から分析してみる回


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話は変わりますが、前回の記事は運営が宣伝してくれたみたいで、現時点で閲覧数がそろそろ28kに届きそうで、コメントもたくさん頂戴しました。ありがとうございます(^ω^)

「冷静な分析で安心して読める」「熱があって好き」「サブカルチャーのことを真面目に考えている」「なるほど、その通りだ」などの賛同の意見や、「深夜アニメが子ども向けアニメになることが、なぜ昇格なのか?」といった批判の意見、「長くて読む気にならない」「気持ち悪い」といったアンチの意見など、いろいろと頂きました。

僕自身としましては、生まれつきのサブカルチャー愛好家で、サブカルチャーを哲学や宗教や社会学や心理学や文学やマーケティングの知識と結び付けて語るのが好きで、このブロマガに上がっている記事は、大体はそういう話です(笑)

メタ数学の話になりますが、「システムの内部からはシステム内の無矛盾性を証明することはできない」という仮説があって、大変に魅力的な仮説だと思います。たしか「ゲーデル不完全性定理」というやつでしたか、この仮説をクルト・ゲーデルという人が数学的手法で証明してみせたらしいです。証明の過程については、数学の専門家でも難解らしく、高校の同窓会の時に恩師である数学の先生に聞いてみたら、「そんなの、俺が知るかよw」で返されました。今思えば、正直でいい先生だったと思います。

余談ですが、20世紀の天才数学者ゲーデルさんは、ディズニーのアニメ『白雪姫』の大ファンだったらしいです。ある意味では、われわれと仲間のようですね(^o^)

             
         ♦ゲーデル♦             ❤白雪姫❤

ゲーデルの「不完全性定理」は、数学のみならず哲学、基礎科学と幅広い分野に影響を与えたらしく、大変に輝かしい業績を残したわけですが、その一方で、この人の最期は、頭が狂って餓死したらしいです。天才は天才で大変ですね。。。

それで、「お前は一体何が言いたいのか?」

ここで「不完全性定理」の命題を持ちだしたのは、「サブカルチャーの立場からだけでは、その正当性を十分に説明することはできない」・・・このようなことを考えたからです。

今回の記事は「変人がどうの、サブカルチャーがこうの…」と、ぐだぐだと語っていますが、言いたいことは、およそ次の通りです。

サブカルチャーを擁護し、人間の多様性を担保する。そのために、サブカルチャーについて他の学問の知識などを援用しながら、その存在意義を探ってみる。

換言すれば、システム思考的なアプローチによって、外部システムと関連付けながら存在意義を浮き彫りにしていく・・・つまり、そういったことです。

また、「主文化」と「サブカルチャー」の関係というのが、「(本流に対する)支流」「(凡人に対する)変人」と対応関係にあることが類推できます。サブカルチャーが人間文化にとって不可欠なものとして結びついている事実や真実が見えてきそうです

今となっては「天然オタク」「ナチュラル・ボーン・オタク」を自虐的で皮肉な得意さを以って標榜するしかない我が身ではありますが、自分の使命・天命というものを考えてみたら、
結局、自分はそういう立場の人間なのだと、つくづくそのように思うわけであります。。。

しかし、「己の使命」を実感して感得、自覚した人は強いと思います。

それを目指したいものです。にこちゃんのキャラが好きになる理由がよく分かります(^ω^)

僭越ながら、今回ここで語った内容は、次の記事に対する一つの前向きな回答にもなり得るのではないかと思います。

絶望の国 日本は世界一「若者自殺者」を量産している【ニコニコニュース】

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今回の記事は文字列中心で、しかも「自分語り」の多い内容で申し訳ありませんね(^^;

こんな記事でも最後まで読んでくださった皆さん、ありがとうございます(*´ω`*)

デミアン』の読書感想文(第4章)も、そのうち書きたいと思います。

ところで、この歌、結構好きです♫